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長野地方裁判所松本支部 昭和44年(ワ)65号 判決

主文

被告らは連帯して、原告宮下隆重に対し三一万二、三五六円、原告宮下盛隆に対し一一万七、六〇二円、原告宮下尚宏、原告宮下好夫、原告逢澤知子、原告木口昌栄に対し各六万八、九〇二円を支払え。

原告らその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

この判決は、原告らの勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

一、申立

(一)  原告ら

「被告らは連帯して原告ら全員に対し一〇五万円、原告宮下隆重に対し七〇万円、原告宮下盛隆に対し四〇万円、原告宮下尚宏、同宮下好夫、同逢澤知子、同木口昌栄に対し各二〇万円を支払え。訴訟費用は被告らの連帯負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言

(二)  被告ら

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決

二、原告らの請求原因

(一)  原告宮下隆重は亡宮下好子の夫、その余の原告らおよび宮下弘子は好子の嫡出子であつて、いずれも好子の相続人である。

(二)  好子は昭和四三年七月九日午後八時二〇分ごろ長野県東筑摩郡明科町大字東川手潮地籍の国道一九号線路上において、被告野口昭雄運転の被告野口幸一所有の自動二輪車(以下加害車という)にはね飛ばされ、頭部を強打した。

(三)  好子は翌一〇日同町下里外科医院において右事故による頭蓋底骨折のため死亡した。

(四)  右事故は、被告昭雄が右道路を時速約五〇キロメートルで加害車を運転して北進中、対向車の前照灯にげん惑されて一時前方注視が困難な状態になつたので、ただちに最徐行または一時停止して進路の安全を確認しつつ進行すべき注意義務があるのに、これを怠たり進路の安全を確認せず同一速度で運転を継続した過失により、折柄右道路を東側から西側に横断歩行中の好子に加害車を衝突させたため発生したものである。

(五)  よつて被告昭雄は民法第七〇九条に基づき、被告幸一は自己のために加害車を運行の用に供する者として自動車損害賠償保障法第三条に基づき、いずれも好子の死亡による損害を賠償する責任がある。

(六)  原告らおよび好子、弘子は好子の死亡により次の損害をうけた。

(1)  葬儀費二〇万円 原告らにおいて支出

(2)  好子の得べかりし利益一〇五万円

好子は原告隆重が昭和三四、五年ごろ乗用車の転落事故により神経障害を起し就業不能となつて以来宮下家の家業である田畑の耕作、養蚕などを病夫に代つて経営してきた。好子の右農業による収入は月額三万円であり、明治三九年四月一日生れで、死亡の時から六年九ケ月は就業することができるはずであるから、収入の半額を生活費として控除し、ホフマン式計算法により中間利息を控除すると、同女の死亡によりうけた得べかりし利益の喪失は一〇五万円をくだらない。

(3)  原告隆重の慰藉料一二〇万円

同原告は病床に伏して好子の世話によつて生活していた。

(4)  原告盛隆の慰藉料七〇万円

同原告は従来家業を好子にまかせて石工として稼働してきたが、同女の死亡により家業にも従事しなければならなくなつた。

(5)  その余の原告らおよび弘子の慰藉料各五〇万円

同人らはいずれも生家を離れて生活している。

(6)  好子の慰藉料五〇万円

(七)  原告らおよび弘子は好子死亡による自動車損害賠償責任保険の保険金三〇〇万円の交付をうけた。よつて原告らおよび弘子は協議のすえこれを葬式費用の二〇万円、原告隆重の慰藉料中に五〇万円、その余の原告らおよび弘子の慰藉料中に各三〇万円、好子の慰藉料五〇万円に充当した。

(八)  弘子はその後家を出て所在不明であるが、好子の得べかりし利益の喪失による損害賠償債権一〇五万円は好子の遺産たる債権であつて、原告らおよび弘子の未分割の準共有財産であるから、右債権の取立ては保存行為として原告らのうちの一人が単独でなしうるものである。よつて原告ら全員において被告らに対しその連帯支払を求める。

(九)  また原告隆重は七〇万円、原告盛隆は四〇万円、その余の原告ら四人は各自二〇万円宛を、好子の死亡による損害賠償債権((八)記載の債権を除く)から前記保険金によつて填補された額を控除した残額として、被告らに対しその連帯支払を求める。

三、被告らの答弁および抗弁

(一)  請求原因(一)、(二)の事実は認める。

(二)  同(三)の事実のうち原告ら主張の日時に好子が死亡したことは認めるがその余は不知。

(三)  同(四)ないし(八)の事実を争う。なお好子は死亡当時六二才を超え、かつ高血圧で肥満し膝を痛めていたから、農業に従事しえなかつた。そうでないとしても、その稼働力は著しく減退していたものである。

(四)  仮に被告昭雄に運転上の過失があるとしても、好子および原告盛隆に右事故発生につき次のような過失があるから損害賠償額の算定にあたつてはこれを斟酌すべきである。好子は人一倍太つていて右足の膝が悪いので普通の人並に道路を横断しえないのに停車した原告盛隆運転の自動車から斜めに横断し、しかも加害車を発見し瞬間ためらつた後その前方を横断しようとしたもので、左右の安全確認を怠つたものといえる。原告盛隆は車両が夜間他の車両と行き違う場合において他の車両の交通を妨げるおそれがあるときは、灯火を操作しなければならないのに、これを怠つたため、その前照灯によつて被告昭雄が眩惑され、前記事故が発生するに至つたものである。

四、抗弁に対する原告らの認否

過失相殺の抗弁事実を否認する。

五、証拠〔略〕

理由

一、請求原因一、二の事実および宮下好子が原告ら主張の日時に死亡したことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、好子の死因は右事故による頭蓋底骨折であることが認められる。

二、右事故が被告昭雄の過失によつて生じたものであるか否かについて判断すると、〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

(一)  右事故現場の道路は幅員約八・六五メートルで歩、車道の区別はなく、コンクリートで舗装され、付近に横断歩道はなく、道路の見通しは良好であり、そのあたりは非市街地である。なお右道路の制限速度は時速四〇キロメートルである。右事故当日の天候は薄雲であつた。

(二)  好子は右事故直前同乗していた原告盛隆運転の自動車を右道路東端で降り、西側に向つて斜めに横断中加害車に衝突されたものである。

(三)  被告昭雄は当時加害車を運転して右道路上を時速約五〇キロメートルで北進していたが、対向車の前照灯にげん惑され一時前方注視が困難になつたが、そのまま右スピードで進行しているうち、前方約一五メートルに好子を発見し、急制動したがおよばず、同女に加害車を衝突させた。

右認定の各事実によれば、被告昭雄には原告ら主張のような過失があり、そのため右事故が発生するに至つたものと認められる。

三、よつて被告昭雄は、右事故について民法第七〇九条による損害賠償責任を負う。また被告幸一が右事故当時加害車を所有していたことは前に述べたとおりであるから、特段の事情のないかぎり自己のために加害車を運行の用に供していたものであるというべく、右の特段の事情の主張立証はないから、右事故について自動車損害賠償保障法第三条による損害賠償責任がある。

四、進んで損害額について判断する。

(一)  〔証拠略〕によれば、原告隆重は好子の葬儀費用として一〇万二、六一六円を支出したことが認められ、同額の損害をうけたものというべきである(もつとも右各証拠によれば、右葬儀費用中には直接支出したのが原告らの中のだれであるかが必ずしも明確でないものが含まれていることが認められるが、右葬儀費用は好子の夫である原告隆重が負担すべきものであり、結局は同原告の負担に帰するものと考えられるから同原告の損害となるものと考える)。原告らは右葬儀費用として二〇万円以上支出したと主張する。しかし〔証拠略〕によれば、原告隆重は右葬儀および初七日の会葬者、香典を持参した人に対する引物の購入費用として一一万四、五四〇円を支出したことが認められるが、これは被告らに対し損害としてその賠償を求めうるものではないし、他に原告ら主張の葬儀費用の支出のあつたことを認めるのにたりる証拠はない。

(二)  〔証拠略〕によれば、好子は病床に伏している原告隆重に代り田畑の耕作、養蚕などの農業を一人で切りまわし、年間少なくとも一八万七、六一六円の収益をあげていたことが認められる。被告らは好子は死亡当時六二才を超え、かつ高血圧で肥満し膝を痛めていたから農業に従事しえなかつたと主張する。しかし〔証拠略〕によれば、好子は明治三九年四月一日生れで前記事故当時六二才であり、やや肥満し高血圧で膝を痛めていたことが認められるものの、いまだ前記収益についての認定を左右することはできない。好子の年齢からみて平均余命の範囲内で今後少なくとも六年間は農業に従事しえたものと考えられ、前記の年間一八万七、六一六円の収益から生活費としてその半額を控除した年間純収益は九万三、八〇八円となる。従つて好子の死亡による右期間と純益割合による逸失利益の現価の総計をホフマン式計算法(年五分の割合による中間利息控除)により算出すると四八万一、五七三円(円未満四捨五入―以下同じ)となる。

(三)  〔証拠略〕によれば、好子は原告隆重、同盛隆と同居し、半身不随の病人である原告隆重の看護に当るとともに前記の農業経営にあたり、また右一家の家事をすべて一人で処理していたこと、原告盛隆は好子が死亡したため農業労働に従事せねばならなくなり、従来の石工の仕事も休み勝ちになつたこと、原告尚宏、同好夫、同知子、同昌栄は好子と別居し独立して生計を営んでいたものであることが認められることその他本件各証拠にあらわれた一切の事情を考慮すると、好子に右事故について後記認定のような過失があることを考慮しても、好子の死亡による慰藉料の額は原告隆重につき一二〇万円、原告盛隆につき五〇万円、原告尚宏、同好夫、同知子、同昌栄につき各二五万円、好子につき五〇万円が相当である。なお〔証拠略〕によれば、好子にはそのほか三女宮下弘子があるが、同女は放浪癖があり、長期にわたり家出をしており、好子の葬儀当時においては帰宅していたものの、その後再び家出し、現在所在不明であることが認められ、弘子が本件訴訟の原告になつていないことを併せ考えると、同女について好子の前記慰藉料、逸失利益の相続分の外に好子の死亡による固有の慰藉料請求権を認める必要はないものと考える。

五、前記二認定の事実によれば、好子は右事故発生当時左右の安全を十分確認せずに前記道路を斜めに横断したことが明らかであるから、右事故発生について同女にも過失がある。被告らは同女が加害車を発見し瞬間ためらつたとも主張し、〔証拠略〕中には、被告昭雄は横断中の同女を認めたが、同女がためらつているのでそのまま進行した旨の供述記載があるが、〔証拠略〕によれば、同被告は同女を認めて直ちに急制動したことが認められるから右記載は措信し難く、他に右主張事実を認めるのにたりる証拠はない。また被告らは原告盛隆にも過失があると主張するが、本件全証拠によるもいまだ右の事実を認めるにたりない。よつて過失相殺として前認定の葬儀費用、逸失利益の損害賠償請求権につき各一割を減ずることとする(慰藉料についてはすでにその算定にあたつて右過失を考慮ずみ)。従つて右葬儀費用、逸失利益についての損害賠償請求権の金額はそれぞれ九万二、三五四円、四三万三、四一六円となる。

六、好子の右逸失利益についての損害賠償請求権、慰藉料請求権は好子の死亡により原告らおよび弘子にそれぞれ相続分に応じて相続されることになる。原告らは好子の遺産たる債権は原告らおよび弘子の未分割の準共有財産であるから右債権の取立ては保存行為として原告らの一人が単独でなしうると主張する。しかし相続人数人ある場合において、相続財産中に金銭その他の可分債権あるときは、その債権は法律上当然分割され、各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継するものと解されるから、原告らの右主張は採用できない。従つて好子の右逸失利益についての損害賠償請求権は原告隆重が一四万四、四七二円その余の原告らおよび弘子が各四万八、一五七円、好子の右慰藉料請求権は原告隆重が一六万六、六六七円、その余の原告らおよび弘子が各五万五、五五六円それぞれ分割相続したこととなる。

七、原告らおよび弘子が被告らに対して有する好子の死亡による損害賠償請求権の総額は、原告隆重が一六〇万三、四九三円、原告盛隆が六〇万三七一三円、その余の原告らが各三五万三、七一三円、弘子が一〇万三、七一三円となる。原告らおよび弘子が右事故による自動車損害賠償責任保険の保険金三〇〇万円の交付をうけたことは、原告らの自陳するところであるが、充当関係についての原告らの主張を認めるのにたりる証拠はない。そこで右三〇〇万円は原告らおよび弘子の前記損害賠償請求権にそれぞれ按分比例して充当されるものと解するほかはない。よつて原告隆重の右請求権に一二九万一、一三七円、原告盛隆のそれに四八万六、一一一円、その余の原告らのそれに各二八万四、八一一円、弘子のそれに八万三、五一〇円それぞれ充当されることになる。従つて原告らの右請求権のうち填補されない残額は原告隆重につき三一万二、三五六円、同盛隆につき一一万七、六〇二円、その余の原告らにつき各六万八、九〇二円となる。

八、よつて原告らの被告らに対する本訴請求のうち原告隆重の三一万二、三五六円、同盛隆の一一万七、六〇二円、同尚宏、同好夫、同知子、同昌栄の各六万八、九〇二円の連帯支払を求める部分は正当として認容することとし、その余の部分は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 竹重誠夫)

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